会社は一つのシステムとして機能しているので、それぞれに配布された仕事の内容も多様であるから、時としてあまりやりたくない仕事に従事しなければならない場合だってある。よく新卒で入社した社員が嘆いているのを聞くと、自分は大学で会計学を勉強してきたので、これに関連する仕事がしたのだが、今の仕事は全然違うというのがよくある。
そういう時に、いずれその意味は解る時が来るといってやるのはたやすいことだが、そんなことは、他人から言われなくたって感じ取るくらいの社会感覚は育てておいてもらいたいものである。こうしたタイプの人は、仕事の段取りも悪く工夫力に欠けているが、概していうと、まじめなタイプに多いことも偶然ではなさそうな気がしてならない。
まじめな人というのは、それ自体は称賛されるべきことではあるが、自分がまじめであると思い込んでいるタイプの人は、仕事をした結果とまじめさの因果関係を過大に評してしまうという大きな欠点もあるようだ。つまり、まじめな自分が一所懸命に取り組んだ結果なので、これ以上の成果はあり得ないという内向きの評価になりがちである。
こうした、自己満足が高じた結果、自分に対する上の評価が低いのは、自分を敵対視しているかあるいは故意に意地悪をしていると思い込み、自らダメ人間を自称するようになりがちだ。ここまで落ち込んでしまうとかなり重症で、何事に対しても悲観的なり、高い目標を与えられると、仕事に取り組まないうちに失敗をイメージしてしまう。
一方、何のとりえもないように見えるが、仕事に取りかかるのが早く結構成果を上げるタイプもある。こうした人は、一見すると楽観的に見えるが、何事もポジティブに考えるので、多少難しい仕事を与えられても、めげずに取り組み、場合によっては必要な知識や能力を身につけるために勉強をし出し、よい結果をもたらすことはしばしばある。
こうしたタイプの人は、潜在力はあるが無駄な体力を使わないように自分をコントロールしているわけで、無能な人とは本質的に違うため、いざという時には、バカになって仕事に集中するエネルギーを温存している。いずれのタイプも一長一短あるが、自分の得意スポットにはまると、思わぬ力を発揮する可能性を秘めているので育ててやりたい。
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