絶対評価の必要性

 職能資格制度を導入した企業は、年功を基軸として社員の序列づけを行ってきたため、この序列を決める評価結果が重要や役割をもっていた。そこでは、昇進や昇格を決める評価が行われるが、各部門によって評価の重みが異なることを避けなければならなかったので、評価の分布を予め設定しておかざるを得なかったわけである。
 こうした枠組みは、当然賃金支払いの総予算に基づく賃金テーブルにも適応されたことから、本来目指すべき絶対評価は事実上困難になっていった。かろうじて絶対評価部分を残したのが業績評価で、この部分を人事考課による昇給などの根拠にしようとしたが、結局はこれも失敗に終わった。何故ならば、人事考課は支払原資に拘束されたからである。
 ある企業では、人事考課により昇給の大小を決めていたが、全体の序列を保つことに配慮されていたため、評価よりもいくら昇給させれば、全体のバランスが保たれるかという尺度で人事考課の成績を決めるようになっていた。すなわち、人事考課は形骸化していて、全く本来期待される機能を果たさなくなってしまっていたのである。
 どうしてそうなってしまったのかという理由は明確ではないが、大きな理由の一つは、人事考課の結果と企業の数値目標の達成度に大きなギャップ生じていたことである。つまり、社員は、職能要件書に従って能力の向上につとめ、昇格のレベルに達したとしても、肝心の全体業績が伴わなければ、処遇面で社員に報いることができないからである。
 すなわち、職能資格制度は、その目指しているところとは裏腹に、全体の枠組みがまずあり、その内数として評価の分布を行わざるを得なかったわけである。これでは、考課者も被考課者も評価の意味を軽んじるようになってしまい、事実上職能資格制度が破綻してしまった状況に陥っている。こうした企業はかなり多いものと推察される。
 こうした状態を長く放置しておくと、高業績を上げている社員のやる気を削いでしまい、場合によっては退職に結びつくことも珍しくはない。全く完全な人事制度はあり得ないといってもいいかもしれないが、少なくとも公平な評価を目指しているという姿勢は示さなければならない。それには絶対評価を実現することを最優先に考えるべきである。