仮説を立てるということは、単に真理を見つけるというという意味だけではなく、発想を広げる思考力を育てることにもつながる。新製品の開発をする場合のアイディア発想法なども、結局は柔軟な仮説力がものをいうことになるので、複数の代替案の中から選択するオプション思考が採られるのも同じ原理であると思われる。
代替案を列挙することは仮説思考と矛盾するものではなく、一つの仮説に絞り込めない場合は、複数の仮説を並立して立てることもあり得る。犯罪の捜査などはこのタイプであることがむしろ普通であるといってよい。複数の仮説を同時に検証しようとする時は、推論により矛盾の生じたものから排除していくことで絞り込める。
謎かけ問答などもこのスタイルで、両方の言葉に共通するものを頭から探すというのでは時間がかかり過ぎる。答えが早く浮かぶ人は、「○○とかけて」という最初の言葉から連想される言葉を列挙し、「△△と説く」という言葉に共通するものを選び出している。これぞまさしく仮説思考の元祖ともいうべきものである。
ただし、こうしたゲームに日頃から馴染んでいなければ、仮説力に長けていたとしても謎かけ問答に強いとは限らない。しかし、ある程度訓練をすれば、仮説力に長けている人は必ず上達が早いはずである。仮説を立てるということは、現時点においてベストな問題解決策をデザインすることであるから、自分の中に蓄積されている情報力がものをいう。
人は初期の段階では模倣するという方法で学び、同じような系統のものを頭の中で整理しモデルを構築する。つまり、これが仮説力の源ととなり検証サイクルが廻り出すことになる。こうした営みが繰り返されていけばいくほど、精度の高い仮説が生み出せるようななり、その経験から一つの概念が生まれるというプロセスを辿る。
すなわち、質の良い仮説を立てる能力は、学習の積み重ねに比例するといっても過言ではない。それはすなわち、仮説を立て仮説検証サイクルを回すことで学習するということ意味しているので、論理的思考や推理力も同時に養われていくものと思われる。心の中にデータベースを構築するためにも、まず仮説を立ててみることが肝要である。
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