論理の基本構造は、複数の独立したメッセージを集約して抽象化し、そこから生まれるより高次の一般メッセージを導く「帰納法」的アプローチと、大前提→小前提→結論という積み上げ方による演繹法によって構成されていると言われている。全体の理論構造は、この演繹と帰納を組み合わせて、ビラミット型に構成される。
このビラミット型構造の下にいくほど具体的であり、上にいくほど抽象的である。つまり、上の結論を支えるのは、下の要因・原因という構造である。一番下のレベルは、事実または事実の証明がなくても通用する極めて蓋然性の高い命題である。例えば、どんな人でもみな死んだという事実は、時にこれを証明しなくても蓋然性が高いとみて間違いない。
したがって、このレベルの認識が誤っていれば、抽象化された上位のロジックは崩れてしまう。また、論理構造はMECEでなければ成り立たないので、因果の連鎖に矛盾があってはならない。そこで演繹法と帰納法の補完関係が必要なわけであるが、この関係を理解するためにも、ロジックが介在するのは当然のことである。
まず、演繹とはどういうものであるかというと、俗に言う三段論法がそれである。「大前提→小前提→結論」のプロセスで作られている。例えば、「人は必ず死ぬ」という大前提→「ソクラテスは人間である」とい小前提→「ゆえにソクラテスは死ぬ」という結論になる。この論理には異論を唱えることはできない(ロジックとして正しい)。
ここで、この大前提は、どこからもたらされたものであろう。そもそも、この前提が間違っていれば、このロジックは成り立たないことになるので、この大前提の蓋然性がぐらつくものであっては納得がいくはずがない。そこで、帰納法の助けが必要なのである。つまり、あの人も死んだし別の人も死んだという過去の事実を前提とするわけである。
こうした事実を集積することにより、事実から帰納によって「人は必ず死ぬものだ」という一般化された法則となる。次に、「ソクラテスは人間である」というメッセージは、大前提とは別の根拠によって裏づけられなければならない。こうして、最上位にある最終のメッセージが最下位の事実によって裏づけられたとき、論理的に正しいメッセージとなる。
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