誤った問題設定の連鎖

 問題を解決するということは、問題が何であったか明確であるからこそ、解決したと評価できるわけであるから、問題解決には、問題が明確にされていることが、最終的な解決策のクオリティを規定する必要条件である。ビジネスの世界では、企業の「あるべき姿」の源泉である経営理念やビジョンに基づいて将来の問題を明確に設定する。
 すぐれた経営者は、既に顕在化している現状の問題ばかりに目を奪われ、対症療法的な解決策を模索するようなことはしない。「あるべき姿」と「現状」とのギャップを的確に捉えて解決を図っていくという共通した特徴がある。すなわち、すぐれた解決力を持っている以前に、問題は何かを明確に把握しているということが解決策を引き寄せたのである。
 世の中には、「ノウハウ」や「ハウツー」が蔓延っているが、そもそも問題がクリアーにされていなければ、解決策などあり得ない。例えば、昨今の経営相談では、資金繰りがタイトなので融資の道はないかというのが圧倒的に多い。こうした相談者にとっての問題は、「借入の実現」が唯一の解決策であると信じ切っている。
 こうした場合、融資がより円滑に行われるようにアドバイスをすることが、相談者にとって最も頼りになるコンサルタントと映るに違いない。しかし、融資により解決するのは、殆ど抜本的な問題解決策ではなく、一時凌ぎの延命策に過ぎないため、問題は益々拡大することになってしまう。これではひいきの引き倒しである。
 本当に会社を健全にしなければならないと考えるのであれば、そうした体質にしてしまったことに対する反省の弁があってしかるべきであるのに、本質的な問題には全く触れないで、対症療法による解決策を闇雲に求めている。コンサルタントの側としても、こうした経営者の要望に迎合することの罪深さを反省しなければならない。
 もちろん、現場の状況を直視すると、経営理念の貧しさを説く場面ではないことも事実であるが、いま本当に求められているのは、「何が本当の問題なのか」という、将来に対する新たな問題設定能力なのである。誤った問題設定の結果が資源の浪費の連鎖に結びついていることを悟らなければ、負の連鎖を断ち切ることはできない。