問題とは目標あるいはあるべき姿と現状のギャップと認識されるが、そのギャップがあまりにも大きすぎれば、解決の可能性は限りなくゼロに近くなる。問題発見とは「あるべき姿」と「現状」のギャップの構造を把握することから始めなければ、本質的な解決策は見つからないということである。つまり、あるべき姿の正体を把握しなければならない。
そうすると、「あるべき姿」とは具体的に言うと、達成可能な「あるべき姿」と言い換えて考えると解り易いかもしれない。現実に目を落として見ると、現状における学校の成績と、入りたい学校の関係を問題解決で考えてみると、もう少し勉強すれば手が届くという状況にあるのであれば、「問題解決策」は勉強する時間を増やすということになる。
しかし、時間的制約も考慮すると毎日徹夜で勉強しても到底追いつかないレベルに合った場合は、達成可能な「あるべき姿」と認識することはできないであろう。この場合は勉強するということが解決策として適正ではないということであり、「あるべき姿」の認識を変える必要があるのに、目標を変えようとしなければ、解決には至らない。
経営上の相談に限ったことではないが、相談者はいろいろな問題点をあげ自ら解決策を実行したことを滔々と話すが、「一体あなたは何を相談したいのか」と聞き返したくなるようなことがある。こうしたケースでは、相談者は「あるべき姿」を見失っているため、「現状」とのギャップも見えなくってしまい、終わりのない愚痴に終始する。
先日もあるクライアントから、自分の住んでいる土地建物が差し押さえされてしまったので、どのように対処すべきか、という相談を受けた。そこに至った経緯はともかくとして、話の内容は、競売の評価価格が安すぎるというものであったが、本当の相談内容は、この物件を何とか身内で格安に落札できないかというところにあった。
それならば、評価額が安いほど有利なはずなので、問題の解決策は如何に格安で資産を取り戻せるかに焦点が絞り込めるはずなのに、話の途中で何が問題なのかを見失ってしまっている。こうした話は、客観的に見ていると滑稽に聞こえるかもしれないが、顧客の問題解決と自社の問題解決を取り違えている例は結構多いようである。
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