仮説は情報を加工・分析することからはじめられる。したがって、ストックされている情報の質量とその分析力によって仮説の精度が左右されることになるのだが、そもそも情報の質量とはどんな尺度で評価するのかといえば、絶対的に優れた情報などというものはありえないから、仮説を立てるために必要な情報としての価値判断をすることになる。
そうすると、まず到達点としての目的があり、そのためには何について考えるべきかを決めることになる。例えば、海外旅行に行きたいと思ったとき、これを実現するためにはどのようにすればよいのかを漠然と考えるであろう。そして次の瞬間には、旅行の費用はどれくらいかかるか、仕事は休めるか、どこの国を選ぶかなど様々な疑問が生じる。
そして今度は、目的達成のために不可欠な問題をクリアできるかどうかを頭に浮かぶが、その時点で、大きな障害(例えば資金調達が無理など)見つかれば、その時点で目標を変えるかもしれないし、資金調達の方法が新たな課題として浮上するかもしれない。このように、ある時点では手段であったものが目的に姿を変えることもある。
こうした試行錯誤の連続が、既に仮説の構築と破壊を繰り返しているという状態にあるわけだが、その精度はどうかとなると天地の差ほどある。それは、情報力の差とも解釈できなくもないが、その情報もまた仮説スパイラルの中で整理され、ストックされたデータベースとして活用され、仮説構築のために役立っている。
このような一連の流れを考えると、仮説力が優れている人とは、仮説思考の効用を熟知し、基本の思考プロセスをデータベース化している人のことといって差し支えないであろう。具体的には、目的を達成するために何を考えるべきかを素早く決定し、その状況や特性を認識する。もちろんこの時点で既に仮説力が働いている。
こうした環境認識のもと、本題の仮説を立案するというステージに至るが、この段階では、いわゆる仮説のなかの仮説に過ぎない状態である。言わばこのミニ仮説を一度検証してみることで、現時点で考えられる最高の仮説を構築する。この仮説を検証することで、汎用性のあるデータベースが構築され、別の仮説構築の際にも活用される。
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