目標達成過程における管理者の対応?その2

 このような疑問は、現場サイドとしては大なり小なり抱えているものであるが、そこには、それ以前の基本的な問題が潜んでいることを見逃しているように思われる。つまり、部下のコンピテンシーを考慮して目標設定をするというのが基本原則であるから、目標が妥当なものであれば、そうした状況にはならないはずなのである。
 そこでは、やはり目標がノルマになっているか、あるいは、目標設定過程において部下の意見を無視したことによって起こる現象である。また、部門長にしても、上司との間で十分に協議した目標・方針ではないものを、そのまま部下に押し付けてしまったことによる弊害であることを熟知しているからこその対応といわざるを得ない。
 このように表面的な現象を直視すると、管理者の対応は止むを得ざる措置のように見えるが、これでは自分の仕事と部下の仕事がダブっていることになるので、目標管理制度上は、どちらかの機能(管理者か部下)が不必要ということになる。自分の仕事は原則として自分以外に責任をもつ人はいないということである。
 少しきつい言い方かもしれないが、管理者が部下の仕事の領分をカバーするということは、管理者としての本来の仕事を疎かにしているということにほかならない。これでは、マネージャーとしてもリーダーとしても中途半端で、本人が努力していると思っているよりも生産性が低く、こうした部門の集まりでは全社的にも非効率なものとなる。
 一方部下にしても同じことで、自分がなすべき仕事を管理者に代行してもらうくらいなら、部門における自分の存在感はないことに気づくべきである。成果主義給与制度の導入インパクトが強まるのは、こうした不合理を是正しようとする場合が多いのも事実で、貢献度分析を行うと、明らかにぶら下がり体質が染み付いていることに驚く。
 こうした構造を改善するためには、管理者がリーダーシップを発揮する以外にないのだが、ある日突然にリーダーシップを発揮しろといわれても、環境整備が伴わなければにわかには転換できない。そのために導入した制度が目標管理制度であったのだと考えれば、やはり目標設定段階での初期動作を再点検してみるしかない。