成果はお金だけで測るべきではないという意見がよくある。確かにその通りだが、そういう意見自体にも矛盾があることを認識しなければならない。成果とは何を目指すかによってその価値を決めるべきであって、その成果が例えば、人材を育てることとした場合は、教育することによって立派な人材に育て上げれば、立派に成果を上げたことになる。
そうした意味では、企業活動における成果を全て金額で評価するのは行き過ぎかもしれないが、企業価値が全て金額で評価されることが前提である以上、人材を育成するということを最終目的にするわけにはいかない。つまり、評価の対象がストレートに金額にあるわけではなく、目的ないし目標は数値という共通の尺度に換算される。
その尺度に最も客観性を与えるのが金額なのである。すなわち、最も原始的な経済活動では、金銭から始まったわけではなく、自給自足から始まりやがて交換という手段が自然発生した結果、合理的な交換手段として貨幣が開発されたのである。こうして、ごく自然な形で経済活動にまつわる価値が金額に結びついたものである。
こうしたメカニズムを考えれば容易に理解できるように、全ての価値は金額という共通の尺度に置き換えられるからこそ、企業活動が円滑に進められるのであるから、人材の育成は最終的成果というより、目標を達成するための手段であることが理解できるし、バランススコアカードにおけるバランスも同様の考え方によるものであることが解かる。
行動基準評定尺度(BARS)や行動観察尺度(BOS)でも、成果をもたらす行動に焦点をあてたものであるのだが、上面の形式だけを摘んで制度に仕立てるという思考が、行動と成果の因果関係を疎んじる結果を招いてしまい、人事考課システムが業績を測る制度として機能しなくなってしまったものと推察される。
最後にもう一つ人事考課が機能しにくくなってきた理由を挙げるとすれば、企業経営を取り巻く環境が目まぐるしく変化することで、職務基準や職能要件が陳腐化してしまい、評価制度が現状に適応しなくなってしまったという事情もある。このような状況変化に対応するためには、短期志向の成果主義によらざるを得ないという側面もある。
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