キャリアは自分自身に属するものであり、会社が提示したデザインやCDPによってもたらされたものであるとはいっても、自分自身の資源であるという事実には変わりない。このような決めつけ方をすると、従業員側から大きな反論がありそうである。しかし、決して突き放しの意味で言っているわけではない。
むしろ、自己防衛という意味での現実論として展開しているつもりである。企業は当初に設定した経営戦略をそのまま踏襲するか、あるいは、環境変化に対応して転換または修正をするかは、企業の存亡にかかわるから、節目ごとになりふりかまわず方向転換するのはやむを得ない。とすれば、組織やこれを支える人材のキャリア・デザインも転換される。
企業には、コンティンジエンシープラン(不測事象対応計画)という考え方があるが、現在の環境変化はそれを遥かに上回る。そうした環境下では、企業が必要とする人材もドラスティクに変化する。この場合、これまで積み上げてきた従業員のキャリアは、ことごとく陳腐化してしまい、会社にとって完全なお荷物になってしまうこともある。
従来型の人事制度の下でCDPに馴染んできた従業員にとっては、多分会社側の裏切りとも映るかもしれない。しかし、これが現実である以上、自分の裁量によりキャリア・プランを再構築するしか選択肢は残されていない。となれば、個人にも企業と同じように、コンティンジエンシープランを用意しておくことが必要であるということになる。
これまでは、企業ばかりではなく国までも個人のキャリア・デザインに前向きに関与してきた。例えば、資格取得に対する助成金制度などである。従業員側からすれば、会社に貢献できる能力を高めるための資格取得であるから、会社が積極的であるのは当然と思って、こうした制度や政策を享受してきたという側面があるよう思われる。
助成制度が縮小または廃止されると途端に資格取得者が減少するということは、こうした事実を裏づけているものである。今後はこうした甘えの構造から脱出しなければ、大きな悔いを残す虞があるということを認識しなければならないのだが、既得権を主張する年代層と制度疲労を起こしている人事制度が接点を探してさまよっている。
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