企業に限らず組織には期待される何らかの成果があるはずである。個人レベルでいえば、コンピテンシー・モデルと成果主義、チームレベルでいえば、高業績集団かどうかで成果が測られる。俗にいう、儲かっている会社は成果が上がっていると評価されるし、この成果をもたらした組織とその構成メンバーは成果に結びついた行動をしたことなる。
しかし、個人のコンピテンシーが高ければ、必ず成果がもたらされるとは限らないから、結果として成果がもたらされたと判断される場合にだけ、プラス面の評価がされることになることを私たちはよく知っている。というより、それが合理的であると解釈するより仕方かないことだと、理解しているに過ぎないのかもしれない。
これがはっきりした評価軸になっているのはスポーツの世界である。その中でも、単純明快なのは大相撲の成績で、三賞(殊勲賞、敢闘賞、技能賞)は、勝ち越すことが大前提になっている。純理論的には、横綱・大関全員に勝てば殊勲賞に、一生懸命に相撲をとれば敢闘賞、相撲がうまければ技能賞ではないかとも考えられる。
しかし、いずれの賞も勝ち越すことが条件であることはよく知られている。これは、これらの賞に値するのであれば、必ず成果(白星)を上げることができるはずであるという評価軸に基づいて判定しているからである。つまり、大相撲の世界では、勝星がなければ成果が上がったとはみなさないということである。
企業経営上も本来はそうあるべきであるが、経営環境が不安定であることなどの理由から、業績不振が直ちに経営者の更迭に繋がらないことも多いが、近年は、成果を目標として設定して、経営者の手腕を評価する動きが出てきている。いわゆる欧米型の成果主義が日本にも浸透しつつあることは否定できないであろう。
こうした考え方に消極的であった理由の一つは、個人のコンピテンシー、企業文化、組織リーダーのリーダーシップなどが複合的に絡み合い、市場の拡大(縮小)との相関関係を的確に捉えることができなかったためである。すなわち、成果を意識した組織行動とはいかなるものかという根源的テーマに目を背けていたためではないだろうか。
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