キャリアとは目に見えるものではなく、質量も測定不可能であるが、確かにキャリアがあるとか、キャリアがものをいうというように、あたかも客観的に把握できるかのような使われ方をする。それは、ファンドメンタルな教養や学歴などに積み重なった、職務経歴(経験年数)とその活用によってもたらされた成果の総評なのであろう。
すなわち、就社以前に本人が保有していた基礎的能力とOJT、OFF・JT、職務経歴などによってキャリアは測定されることが可能なのである。それだけにこのキャリアは、一定のデザインの中で蓄積されたもので、そのデザインの枠内でしか通用しないか、あるいは高く評価されないものであるともいえるわけである。
中途採用の場合などは、それまでのキャリアを高く買うというのは、自社が望むところの人材像に適合しているということであるから、言い換えれば、自社が遂行しようとしている戦略を軸として評価しているのである。したがって、キャリアは、経営者の価値観を具体化した企業目的を達成するための戦略に沿ってデザインされる。
経営戦略計画も一つの仮説であると捉えれば、これを担う人材像も固定的なものではなく、戦略の転換とともに修正される運命にあることも事実である。キャリアが生かしきれないなどというときは、こうした場合に使われるようであるが、長年勤めた企業での再雇用を望む場合はキャリアが最も活用できるケースである。
このように考えると、キャリアは、経営者や管理者のリーダーシップによって、長期ビジョンと表裏一体の人事戦略によってデザインされると見て間違いない。ただ、ここで重要なことは、キャリア・デザインは、企業側が一方的に定めるとしても、それを個々の従業員が受容しなければ、双方にとって望ましいキャリアは形成されないということである。
つまり、どんなにコンピテンシーが高くても、職務やキャリア・デザインに対して本人の意欲が欠けていれば、モティペンションが高まることがないから、誘引と貢献のバランスは低レベルで推移することになり、コンピテンシーのグレードは一向に高まるはずがない。しかし、意欲の問題かデザインの問題かは容易に判別がつけられない。
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