前述のように、夢の実現に至るまでのプロセスは複雑で、積極的な動機との因果関係だけでは説明できない。そこには、「しがらみ」のようなものとの葛藤も介在することもあるから、大きな成果をもたらすまでの道のりは、決して順風満帆なものではなく、命がけの意思決定の連続であったと、自らの半生を振り返る人が多いのも頷ける。
ここでいう「しがらみ」とは悪いイメージだけに限定しているわけではない。「人生万事塞翁が馬」という諺があるように、人間この先何が起こるか解からない。結果がよければ、「しがらみ」に救われたことになるだろうし、その逆であることも当然ありえる。われわれは、その節目ふしめで限られた情報を元に意思決定を迫られる。
だからといって、夢の実現にはコンピテンシーやモティベンションが不必要であるといっているわけではない。少なくとも、この2つあるいはその相乗積によって、夢が大きく膨らむ可能性も高いし、実現に向けてのポジションにも大いに影響するからである。問題は、これらが最も円満に育つ環境をどのようにして作り上げるかである。
人の一生を運命で説明するのであれば、科学は必要ないことになるが、人の意思決定メカニズムをシステムとして捉えるまでには至っていない。例えば、物品購買などについての意思決定も実に複雑で、理性的側面と情緒的側面が心のなかで交錯しているため、必ず購買するはずだという予測方式は未だ確立されていない。
しかし、集団の意思決定となると少し事情が違ってくる。集団の空気を同時に吸うことにより、意思決定の方向も自ずから一定の方向に収束する傾向がある。この性質を最も明確に現しているのは、同一民族の基本的考え方や行動様式であり、ここでは、運命共同体的思考様式が自然に形成され、一つの規範に育っている。
ただこれとても、絶対的ではないこともわれわれは熟知している。こうした事実を積み上げてみると、企業のトップがあるべき姿を強力に打ち出し、その下で良好な企業文化が築きあげられれば、その企業独自のキャリア・デザインも一つの方向として示されることになろう。これが良い意味での「しがらみ」を作るのではないか。
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