この理論は、まず夢をもつことから全てが始まる。「やりたいことをやれ」ということらしい。夢であるから、目標といった具体的なレベルのものではなく、実現可能性は少ないかもしれないが、人々に希望と未来を与えてくれるものでなければならない。そして、夢の実現に向けて執念をもつ人が、周りを引っ張っていく指導的役割を果たす。
夢の実現は一人の努力では限界がある。そこで多くの人々によって夢を共有し、「わたしの夢」を「われわれの夢」に育て上げる。つまり、夢を語り合うことで大きく膨らませる段階に至り、モティベンションはかなり形になってくる。ただし、この段階では全く同じ夢を共有することを急ぎ過ぎ、協力者の自由意思を疎外してはならない。
次の段階は、夢の共有化を確実にするためのいわばみそぎの段階である。具体的には、第二段階までは、どちらかというと同床異夢的な側面があり、アバウトにベクトルを共有しているに過ぎないこともある。そのため、夢の実現に向けての激しい向かい風に遭うと、そんなにしてまで夢を追いかけるのは御免だという協力者が脱落していく。
この段階を過ぎることで、残りの協力者達の結束はより強固になり、磐石なものになるため、夢を実現するための執着心がエネルギーに変換され、外部からの甘い誘惑に惑わされるようなことはなくなってくる。このときの心情はケースによって様々であるが、後戻りはできないという悲壮感も手伝っているのかもしれない。
NHKの「プロジェクX」の場合ばかりではなく、江戸時代末期の新撰組などにも共通するプロセスを見ることができる。いずれの場合でも、目標を共有するというレベルを超えているのが夢の共有という状態であるから、モティベンションを高めるための最大の因子は「夢を共有」であるという説が、モティベンションの夢理論である。
確かに、ここで展開されている理論のように、「目標の共有化」よりも「夢の共有化」の方が、言葉の響きからいってもモティベンションを刺激するグレードとしては高い感じがする。しかし、これらは程度の差であるともいえるわけであるから、モティベンションを支えているものがどちらなのかは、当事者の主観によるように思えるのである。
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