リーダーシップとの関連から見た動機づけ?その2

 サクセスストーリーという言葉は、いかにもアメリカらしい響きがあり、私たちも日常的によく用いる便利な言葉である。しかし、これは決して軽い言葉ではなく、努力と才能によって地位や名誉が得られるという願望を持った物語を意味するもので、アメリカで信じられている一つの理念といってもよいものである。
 人は洋の東西を問わず成功物語が好きであり、ドラマやスポーツに理想を重ねて、やる気を起こさせるように自分を鼓舞したりする。その一方でメロドラマや純愛ものといったものにも興味がある。これらは一見矛盾しているようにも見えるが、どちらも、自分を叱咤激励するための刺激剤として活用しているように思われる。
 こうした心理は、サクセスを獲得したいという心情の裏表を、その時々の状況に応じてメンテナンスしたりしてコントロールしている。これにアルコールが加われば、時には乾杯」時には「やけ酒」になる。俗な言い方をすれば、毒も薬も元は同じもので、使い方によってどちらになるかが決まるのではないかとさえ思えてくる。
 感情の動物である人間は、社会生活の中ではあまり過激に行動しないように、自ら安全装置を構築し、精神的にも肉体的にもコントロールしている。しかし、心の中で揺れ動いている振幅と家族や友人、職場といった準拠集団からの刺激が、相乗的に作用することで、安全装置を突き破って大きく動機づけられることがあるのではないだろうか。
 つまり、広い意味でのリーダーシップが大きく影響しているように思われる。いささか浪花節的発想であるとの批判を覚悟でいえば、お互いの存在感を認め合っているという状態にあれば、時には命がけで取り組んでもいいと思うことだってある。こうした心情に至る過程では、リーダーないしパートナーの存在は欠かせない。
 人間は常に理性的で合理的な尺度に照らし合わせて意思決定をしているわけではないだけに、行動に駆り立てた動機を解明するのは困難であるが、少なくとも、かけがいのない存在が身近にいるかどうかという事実も有力な手がかりになる。しかし、それとても個人の胸の内に潜んでいる得体の知れないものである。