もう一つの動機理論

 普通私たちがモチベーションという言葉を使う場合、「やる気」とか「努力」「根気」「意欲」「情熱」などいわゆるプラス思考の取り組み方で用いることが多い。しかし、動機は目標達成に向かって行動を起こす源泉であるとすれば、必ずしもプラス思考に限った概念ではないことにも留意する必要がある。例えば犯罪者の動機である。
 犯罪が確定し、「罪」と「罰」が確定されるまでには、逮捕から確定判決に至るまで、膨大な手間隙がかかるが、ここでは、逮捕の原因となった行為が、どの法律のどの条文に当てはまり、それが故意だったのか過失なのか、正当防衛や緊急避難なのか、それとも心神耗弱状態で責任能力がなかったのかなどが検証される。
 つまり、犯行を認定するには、「違法性」「責任性」「構成要件」が不可欠な要件となっているが、そのほかに吟味されるのが「動機」である。この場合の動機とは、被疑者を犯行に走らせた理由という意味であろうが、犯行と動機との因果関係についての解明が重要なカギとなっていることは私たちがよく見聞きしていることである。
 具体的に言うと、犯行に走った動機がその結果と不整合であれば、純理論的には、犯罪にならない可能性があるということである。例えば、丑の刻参りで人をのろったとしても、それは殺人(未遂)にはならないわけで、行為を裏づける動機とは認定できない。これを説明するための理論として、「期待可能性理論」というのがある。
 これはごく簡単に言うと、ある目的を達成するために実行しようと思った動機が、実際に行った行為により発生した事実を、十分説明できるものでなければならないということである。この考え方は、動機と行動の因果関係を説明している点で、ブルームの「期待理論」とも共通するものであることに意味がある。
 すなわち、アプローチの方向は少し異なるが、動機が結果を予測することはできるとしても、結果を保証するものではないということだ。これは、過酷なプロジェクトに取り組んで成果をもたらした勇者たちを説明する場合にも使える。要は「動機づけ」という概念を一元的に解釈したり、定義づけることに執着すべきではないということだ。