マズローの「欲求階層理論」やハーズバーグの「動機づけ・衛生論」は、人を動機づける源泉が、その人が元々もっている欲求によることを理論づけたという点で、学ぶことが大きかったことは、多くの研究者や実務家の偽らざる感想であろう。しかし、現実にこの理論を企業の職場で活用するとなるとかなり難しい。
これらの理論でも認めているように、動機は個人の欲求が源泉であるので、まずこの欲求なるモノを解明しなければ、特定の個人を動機づけるためのお膳立ては不可能ということになる。同時に、偶然に動機づけるチャンスと結びつく舞台装置にめぐり遭うということもあるかもしれないが、それではかなり非効率であるといわざるを得ない。
そこで、現実の社会では、組織やグループ内における人間関係を通して、個人の主義主張や価値観、モノの考え方というものから、その人の欲求の質量を推測するというアプローチをとる。そこで得られた情報が企業や組織が目指している方向と同じである場合は、動機づけに結びつく装置が一応整っていると判断される。
しかし、こうしたことは現実の世界では極稀で、一般的には本人が積極的に欲求を具体的に表現しようと努めなければ、第三者には伝わりにくいものである。それに特定の個人と組織のベクトルが一致することは期待できないので、かなり妥協するという解決策を、お互い(組織と個人)模索することになるであろう。
欲求はその人固有のものであるとはいうものの、客観的価値観とまったく無関係であるということはあり得ない。しかし、組織がその目的を達成するために必要と考えているコンピテンシーとのギャップが大きければ、従業員のモチベーションを高めるプログラムは導入しにくい。こうした不幸な組み合わせが結構多いことも事実である。
しかも、水と油のような関係にあり、本当に両者相容れないようであるならば、解雇あるいは退職という最終的な解決策があるはずなのに、何故か呉越同舟の状態で批判合戦だけが日々エスカーレートしていく。昨今話題になっているパワーハラスメントなども、唐突にコンピテンシーを求める温床に根ざしているように思われる。
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