人は経験を積むことで学習し、やがて行動と成果の関係を予測できるようになる。こうした行動を繰り返すことでさらに自信を深めるというメカニズムで成長する。したがって、自分は苦手だと思い込んでいたことが、実は普通のレベルであったと気づいたとき、他の事柄にも応用できることに気づくのも自然なことである。
これは、とりもなおさず自分のポテンシャルの深さを垣間見ることでもある。こうして、自ら設定した安全装置のレベルを下げることで、「自己成就的予言」もプラスに作用するようになる。具体的には、やればできるというように自分の行動を予言し、成就させることに繋がっていく。すなわち、これが自己実現に向けてのインパクトとなるのである。
度々スポーツの話で恐縮だが、ここでは、普段の練習をトレーニングとプラクティスに分けて考えている。もちろん現場の指導者はこの二つを厳密に分けているとは限らないのだが、前者は、筋力トレーニングなどという言葉があるように、どちらかというと基礎体力の強化・向上を目的として行われるものを指している。
「三年三ヶ月」という言葉は、三年かけて鍛えた体力(筋力)が三ヶ月サボるとゼロになのという意味である。これがトレーニングによる部分であるが、これに対して、「自転車と水泳は一度覚えたら一生忘れない」といわれるように、技術の習得を目指す修練は、プラクティスの部分であると位置づけられている。
もちろん、スポーツの成績はトレーニングとプラクティスの相乗効果、その時の体調やメンタルなものも含んでいるのが面白くも難しいところであるが、コンピテンシーを高めることとかなりの共通点があることは間違えなさそうだ。つまり、生理的限界を高めること、心理的限界を生理的限界に近づけることを課題としている点で共通している。
こうした考察を積み上げていくと、行き着くところは動機づけである。ところが、「人はどのような時に動機つけられるか」という課題は、永遠のテーマであり、個々人の性格や人生観に関わることであるし、企業文化によっても、また人事処遇などの制度的側面も無視できないなど、科学的に解明するのは極めて困難である。
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