分析によって得られた結果の解釈が仮説の元になる?その1

 あらゆる分析は数値で把握されることで客観性が増すものと思われるが、この数値は逆に言葉に翻訳されなければ、仮説としてそのまま活用することはできないのである。少なくとも、複数の人が共有する情報となるためには、数値と言葉の間には互換性が必要であり、その組合せによって表現されるのが経営計画(仮説)なのである。
 定性的なデータにしても何らかの加工を加えることで数量化が可能である。したがって、数量化されたデータを用いて分析を行ったとしても、これを直ちに言語に翻訳できる能力がなければ、的を射た仮説を構築することは困難である。つまり、仮説を打ち立てるにはある種のプレ仮説を立てる能力が必要ということである。
 こうした準備が整えば、初めてマネジメント・サイクルが回り始めることになるから、差異が生じるメカニズムも容易に発見できる理屈である。しかしながら、今日の市場の変化は極めて予測が困難である上、国際的な影響も受けやすいという状況の下では、分析のレベルを超える変化を想定せざるを得ないというのも確かな事実である。
 だからといって、現状分析をないがしろにしていいという理屈にはならない。というより、そうした変化を先取りするためにも分析が欠かせないと考える思考が大切である。リスク管理に長けている企業こそ、現状分析の重要性を認識しているという事実は、何よりも雄弁にそのことを物語っていると見るべきである。
 業績が低迷している中小企業は、設備投資のための資金調達が困難なため、戦略を転換できないと嘆いているが、そうした状況に立ち至った経営責任が、こうした姿勢にあったことを反省せずに、経営資源の脆弱さのみを理由にするのは本末転倒である。逆にそうした状況の真っただ中にあっても、活路を開く道があることを認識すべきである。
 すなわち、これまでの経営活動の中で培われたノウハウを活用するヒントは、ここで述べたあるべき姿に包含されていると考えれば、そのコアを生かす方法は必ず見つかるはずであると思うからである。そこに到達できれば、設備投資や運転資金不足が再生の切り札ではないことにも気がつくはずだと思うのである。