情報収集を形式化し活用する意思が無いということは、情報を軽視していることにほかならないから、情報を収集し、分析するという思考様式が構築されていない。以前にこのブログで企業危機管理について述べたとき、定点観測を提案したことがあるが、そうしたシステムも問題の特定と解決策に通じる考え方である。
問題を的確に捉えることの意義を認識するということは、何のために情報を収集するのかということを明らかにするということである。これが確立されれば、「どんな情報を」「何時までに」「誰が」「どんな方法で」といった目的や方法も明らかにされなければならないから、情報の種類と価値を決めるとともに収集方法を設計する段階にまで至る。
そうした必然性がみられなということは、結局問題を真に解決しようという意欲があるとは受け止め難いといわざるを得ない。つまり、問題の何たるかは認識しているが、これを解決したいという意欲が無いので、問題解決のために必要なデータが蓄積されていないと思うのだが、データが無いので分析ができないという認識のようである。
それでは何のために財務データを始めとした形式的な販売データなどを吟味するのか、意味が全くわからない。このように蓄積したデータを問題解決のために活用するというよりは、データを蓄積することに終始しているといったケースが多く、計画と実績の差異を分析することにより、あるべき姿を取り戻すという考え方自体が希薄である。
計画が達成されなかったということは、計画自体が甘かった可能性も無いではないが、大抵の場合は経営資源の再配分に問題があり、限られた経営資源であるのに活用にムダがあるといったことも多い。つまり、自社の経営活動により新たに付加した価値が市場ないし顧客から拒絶されたことを謙虚に受け止めていないのである。
そのため、計画と実績の間に生じた差異(ギャップ=問題)を究明するという姿勢が乏しいのである。この認識のズレがボタンのかけ違い現象となって、企業内に鬱積してしまうともはや修復が効かなくなる。計画どおりにことが運ばないというのは、それだけで十分大問題であるはずなのに、何故か原因を究明しようとは考えないようだ。
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