問題発見力を身につける?その3

 問題発見力は確かに能力であり、時には天性のものであるとさえ感じることもないわけではないが、大抵の場合は能力よりも熱意との相関の方が大きいことは現場ではよく実感させられることである。然らば、その熱意なるものはいったいどうして生まれるのだろうか。それはやはり護らなければならないものを持っているかどうかに架かっている。
 マズローの欲求5段階説によれば、一旦手に入れたものを護るためにはそれ程意を用いないというが、失う危険性が高まれば防衛心に火がつき、必至で護ろうとする意識が働くのはごく自然なことであるし、また、その現状を踏み台にしなければ、もっと高いところに手が届かないことも重々承知しているからにほかならない。
 政治家や企業経営者が保身のために必至になっている姿は、まさしく問題発見のための動機づけが中途半端手ではないことを示している。ただ、この場合は、あるべき姿と現状のギャップが問題なのではなく、間違った現状をあるべき姿に見せかけようとする動機の不純さに問題があるので、ここで取り上げている問題発見力とは異質なものである。
 動機づけ理論によれば、動機とはあるアクションに一歩踏み切る前の心の葛藤の結果と位置づけられ、行動を起こすことによって得られる収穫率(成功確率)の総和であるといわれているが、収穫を保証するものではないだけに、一旦踏み切れば、期待水準到達を目指して奔走する。このエネルギーが動機の強さなのである。
 このように十分動機づけられた状態に置かれていることが、問題発見力が最大に発揮される状態であり、スキルに磨きがかかるときでもあると考えられるが、目的や視座、視野が誤ったものであれば、時間軸に基づいて問題解決を図っても結果的に何も得ることはできなくなってしまう。正当な動機が如何に大切かという決定的な証拠である。
 あるべき姿が固定的なものであれば、現状とのギャップはすぐに把握できるが、あるべき姿の実態が流動的であるとすれば、あるべき姿という大前提の変化を常に把握するリサーチシステムを作り、これを一定の視座から広角に見つめることで仮説を立て、これを実際のデータを用いて検証してみるという仕組みづくりが何より有効である。