サービスの品質を高めるための切り札?2

 最近気になっている社会現象の一つに、「見える化」とか「可視化」と呼ばれる手法をコミュニケーションツールとして取り入れている企業が多いことである。これは、ナレッジ・マネジメントを説明する場合に使われる「形式知」や「暗黙知」に通じるためか、中小企業の管理職もよく口にするようになったような気がする。
 このこと自体は、取り立てて問題にする積もりはないが、この言葉の意味が独り歩きし始めているところが少し心配なのである。例えば、「可視化」とは全てを図式化してビュアルに表現することであるという解釈までは許せるとして、「簡便化」や「省略化」と同義に扱われているため、文章による提案や説明を極端に拒絶する管理者がいる。
 定型的で業務的な報告や連絡事項であれば、そうした対応もあり得るかも知れないが、戦略的な意思決定に関する事柄についても、同じような対応であると嘆いている社員にもよく遭遇する。忙しさにかまけて、こうした「簡便化」がまかり通るようになると、行間を読む洞察力が鈍り、問題の本質を見誤ってしまうのではと危惧している。
 管理職の対応を嘆いている部下も、知らず知らずのうちにこうした土壌に汚染され、思考能力が低下しているのではとも思われる現象も目に付く。それは、問題解決手法をテーマにした研修会などでは、論理的な積み重ねという地味な話になると、プロセスよりも結論はどうなのかといった質問が飛び出すことがよくある。
 私の講義がまずかったため、受講者が退屈したためであれば幸いだが、あらゆる場面においてこうした現象が見られる。例えば、「問題は何ですか」そして「その答えは」という迫り方で、自分の中にどのような問題を抱えているのかは説明できないのである。資格試験の受験者などにもそうした姿勢が見られる。
 何時の時代にもそうした見方はあるものであるから、それ程気にする必要はないと一笑に付されそうだが、経営環境の変化が読みにくくなっている現在、道具や技術だけをどんなに吟味しても、問題を先取りして解明する姿勢がなければ、付加価値の高いサービスを提供できるポジションを確保することはできないように思われる。