それでももえない管理職の処遇

目標管理制度を導入することのメリットは、管理職ばかりでなく対象となる従業員全てに対して、事前に目標を設定させて自主的に管理させることにある。そうすることで、自分の役割を認識させこれまでの怠慢を反省させることができれば、組織の底上げにもなり、旧来型の管理職もエンジンがかかってくるものと期待される。
 しかし、現実はそれほど甘くはないようだ。ある企業では目標管理制度は導入しなかったが、一定水準に達していない管理者は、降格も止むなしという方針を打ち出した。経営者としては締め付けることを目的としたものではなかったが、当の管理者の対応は旧態依然としたままであったので、やむなく降格処分を断行した。
 この中には明らかに怠慢でぶら下り型のものも存在し、奮起が期待されたが今もって反応はないとのことである。本人に言わせると会社側に対する批判は結構あるようだが、どれも枝葉末節的なことで、管理者としての役割を遂行できない理由とはなり得ないものばかりなのだが、これを正当化する姿勢がむしろ痛々しくさえ感じられた。
 こうした状態は第三者から見れば、明らかに怠慢としか見えないのであるが、長年のアカが体にも精神にもべっとりとまとわりつき、環境対応力が退化してしまっているのである。そうとでも解釈しなければ、期待と効果の関係あるいは自己実現意欲の段階理論からいっても説明することができないような気がする。
 これは一種の社会現象であるとも解釈できる。例えば、少子高齢化が声高に叫ばれているが、確かにマクロ的には政治の問題であるのだろうが、将来の自分の問題と捉えることも大事な視点である。しかし、刹那的な社会現象に迎合して、他人任せの人生を正当化している傾向があるような気がしてならないのである。
 何時までたっても燃えない管理者も同じようなもので、企業人としての行動規範を踏み外してしまっては救い上げることは難しい。現状ではこうした管理者は少数であることを祈るばかりだが、競争環境に打ち勝ち企業の使命を遂行するためには、延々と奮起を待ち続けるわけにはいかない経営者の胸の内も理解できる。