販売担当者の立場で考えると、全社目標の達成が企業維持発展のために不可欠であることを熟知していたとすれば、自分に割り振られた販売目標についても、概ね妥当であることは理解しやすいであろう。しかし、その目標は自分以外の人が代わりに達成してくれる可能性が大で、しかも自分の給料には何等影響しないとしたらどうだろう。
こうした状況下では、目標達成意欲は多少なりとも減退するのは当然である。ましてや、確たる根拠をもたない計画目標がおざなりに下ろされてくることが常態化していれば、担当者の意識レベルは推して知るべしである。これは一種の認知的節約願望(一を知って十を知ったつもりになる)がはたらいているからではないかと考えられる。
すなわち、自分が目標達成への意欲がわかないのは、計画策定段階に問題があるためであると結論づけしてしまい、自分に都合悪い他の情報を知ろうとする努力を節約し、全部この論理で武装してしまうのである。つまり、目標が達成できないのは販売計画に問題があるためであるから、自分には責任がない(薄い)と思い込むことにしているのである。
こうした構造を改革するには次のような方法が有効であると考えられる。?とりあえず計画と実績の差異分析を販売担当者ごとに実施させ、その原因と考えられることを文書で報告させる。?次年度の販売計画策定時には担当者も参加させ、差異分析から得られた結果を反映した計画案を策定する。?この計画に基づいて担当者に配分する。
こうした方式に改めることの意義は、販売計画に問題があることが、担当者の意欲を阻害しているという理由にはなりえないことである。つまり、問題があったとすれば、自分にも問題があったということを認めざるを得ないわけであるから、認知的節約願望の芽は育たないことになるからである。
この考え方はリッカートの参加型リーダーシップそのものであるが、目標による管理にも一脈通じる考え方である。能力に重点を置くより、自己実現意欲に基づく動機づけを重んじるべきであると説いているものと思われるが、「寄らしむべし、知らしむべからず」型の販売計画も健在であることは残念なことである。
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