シュンペーターによれば、革新とは新製品の開発、新生産方法の導入、販路の開拓、原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得および新しい組織の実現などをその具体例としてあげている。そして、その革新を遂行する機能を企業者の機能であるとし、組織という集団を通じて遂行される資本と労働の「新結合」と呼んでいる。
この定義に従えば、資本と労働という2大経営資源を投入して、経営目的を達成するために活動するということは、すでに革新機能を発揮していることになる。したがって、現在の経営状況が停滞しているとすれば、革新機能が発揮されていないか、あるいは経営革新機能自体が劣化しているといわざるを得ないわけである。
このように経営革新とは、大上段に振りかぶらなければ遂行されないというものではなく、経営目標達成のために日々遂行される業務を通じて、得られた情報をさらに加工・分析し、新しい情報に作り変え、これを基に経営計画を練り直すといった営みが、とりもなおさず経営革新といって差し支えないのである。
ただし、目指すべき経営目標が達成されなければ、新しい情報が戦略的意思決定をするには不十分なものであったのか、それとも、シュンペーターのいう資本と労働の「新結合」、つまり協働システムの再構築に失敗したのかのどちらかである。とりわけ経営革新に対する取り組み姿勢が明暗を分けるケースが多いようだ。
企業文化は、処遇面などの人事制度と自己啓発が相乗的に作用して生成されることは前述した通りであるから、経営トップが革新的意思決定をしたとしても、職場などの小組織の文化が未成熟である場合は、この文化が逆機能する形に作用してしまこともあるため、経営革新が遅々として進まない場合もありえる。
以上から明らかなように、経営者が突然意を決して経営革新機能を発揮しようとしても、これまでの経営資源再配分のずさんさが災いして、肝心の資本と労働の「新結合」が思うに任せない状況に立ち至っている場合、まず、企業文化がノーマルな形で生成される取り組みから始めなければならないが、このこと自体がすでに革新機能の発揮でもある。
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