経営ビジョンが全社員に徹底され、共有化されるためには、組織原則に裏打ちされた協働システムが構築されていることが前提条件である。しかし、このシステムが形式的で実のないものであった場合は、経営ビジョンは徹底されることは困難であり、メンバーのモラルは極めて低いものになる。
こうした当然とも思える帰結に対して、危惧感を持っている企業は意外と少ないのは何故なのだろうか。まず、第一に考えられるのは、トップの経営理念が具体的かつ客観的に経営ビジョンとして表現されていないことが考えられる。つまり、共有できるビジョン自体が組織に正しく伝達されていないという場合である。
第二には、経営ビジョンが徹底され共有されるにたる組織機能が脆弱な場合である。この場合は、管理職のモラルが低いことなどが考えられるが、このような場合は経営革新を断行し、人心の一新を図らなければならないが、かなりの痛みを伴うことを予想しなければならないことから、逡巡されることが多いようである。
もう一つは、経営ビジョンとこれを達成させるための経営戦略の間に乖離があり、メンバーから拒絶されているような場合である。このケースは意外に多いが、経営者自身もこの矛盾を認識していながら、敢えて積極的に是正措置を講じようとしないため、組織全体がそうしたムードに埋没してしまっている。
上述のように、経営ビジョンが全社員に共有されていない原因は様々であるが、このような状態を放置しておくと、企業目標と組織の目標、メンバー個人の目標とのベクトルがバラバラになってしまい、最悪の場合は派閥が形成されセクショナリズがはびこり、経営ビジョンは形骸化し文字通り絵に描いた餅になってしまう。
果たせるかな、わが社のトップにはビジョンというものがないなどという批判が公然と社内に飛び交うことにもなり、責任の所在さえも曖昧になり、被害者意識だけが蔓延して改革の旗手がなかなか現れない。チェック機能がはたらかないことによる弊害の大きさを再認識するためにも、経営ビジョンの徹底度を検証してみよう。
コメント