撤退戦略を恥と考えることの愚かさ

遠洋漁業のM社の売上高対付加価値率は、人件費率:32.3%(前期:41.8%)、減価償却費率:0.0%(前期:0.7%)、租税公課率:0.7%(前期:0.5%)、賃借料率:0.0%(前期:0.1%)、支払利息率:7.0%(前期:3.9%)、営業利益率:-45.4%(前期:-11.2%)、付加価値合計比率では-5.4%(前期:35.8%)である。
 以上のデータから、損益分岐点に到達するまで付加価値を上げるためには、50.8ポイントも付加価値率を高めなければならないことになる。前期にしても売上高が今期の1.8倍だったにも関わらず、付加価値率で言えば11.2ポイント不足しているわけであるから、借入金の返済は夢のまた夢といった状態である。
多少の変動はあったものの、ここ7年間はこうした状態にあったし、それより数年前に私が診断した時点でも売上高は現在の3倍以上であったが、負債は重くのしかかっていたため、整理もしくは縮小均衡型への転身を促したが、何等手を打つことなしに今日を迎える結果となってしまったのである。
 売上げが減少傾向にあるのはM社ばかりではないので、他社も同様の状況に置かれていたが、縮小均衡型に転身することでスリムな経営を実践した結果、損益分岐点を大幅に下げることができ、運転資金の需要を縮小させたため流動比率もかなりの改善が見られたが、M社は現状維持型を志向してしまったのが致命傷となった。
 つまり、上記のようなマイナスの付加価値を何回も繰り返したため、それだけ傷口が大きくなったわけである。換言すれば、休漁することによって生じるマイナスを嫌って、操業することによって生じる大きなマイナスの方を選択したということだ。撤退戦略は消極的な戦略であるという固定観念から抜け出せなかったのである。
 乗組員確保の問題や借入金の返済が気がかりだったことは理解できるが、何の展望もなしに、赤字操業を繰り返せばますます体力を消耗し、付加価値生産性も低下の一途をたどるのは本事例に限った事ではない。結果論ではあるかもしれないが、M社の場合も長期借入金を減らすために、買掛金や支払手形、短期借入金を増加させてしまった。