結論からいうと、ゲームが一回限りのときには互いの協力引き出す解決策は存在しない。ゲームが継続するときだけに罰則を与え、協力を成立させる可能性がある。このような場合には、協力関係が崩壊すると、将来の利益に損失が生ずるからである。損失のコストが十分大きければ、裏切りは防止され協力が行われるだろう。この一般法則を適用するには注意が必要である。例えば、議員の任期のように協力関係に終わりがある場合が問題となる。
ゲームが決まった回数だけ繰り返されて終わらなければ、先読みの推量方法を使うと、協力関係は処罰を行使する機会がなくなった時点で終了することがわかる。相手が裏切っているときに、自分の方は協力したまま、という状況は避けたいからだ。協力しても、最後は裏切られるということがわかっている以上、誰も損はしたくないので、協力関係は始まらない。これは終わりが解っている場合には、どんなにゲームが長くなっても当てはまる。
この議論をもう少し詳しく見てみよう。開始の段階から先読みして最後の段階での行動を予測すると、最後の行動ではそれより後はないので、その後の不利益や罰則を考える必要はなく、裏切りを行うのが絶対優位の戦略とわかる。先述のとおり、裏切りが最後の段階での行動の結論である。最後の行動は決まってしまったので、実質的な選択の余地がある最後の行動は、最後から二番目の行動ということになる。
しかし、最後から二番目の行動においても、やはり裏切りが絶対優位の戦略である。それは、最後から二番目の行動が、その次にくる最後の段階での行動に何の影響も及ぼさないからである。かくして最後から二番目の行動は、他から分離して捉えることができる。分離させたときには、常に裏切りが絶対優位の戦略となる。さて、最後と、最後から二番目の行動は裏切りになることがわかったので、実質的に選択の余地がある最後の行動は、最後から三番目の行動ということになる。
しかし、また先ほどと同じ議論が成り立つので、ここでも裏切りが絶対優位の戦略になる。この議論は、最後の行動まで順番に戻っていくので、初めから協力を行われない、ということになる。この議論に誤りはないが、実際のケースでは、協力が成功する例もある。それはさまざまな理由が考えられる。一つは、究極的には、ある回数しかゲームが繰り返されないとしても、その回数が解っていないときである。
そのゲームには、決まった最終回というものがないので、関係が継続される可能性は常に残っている。当事者は関係が継続される可能性を考慮するため、そこに協力を行う素地が生まれ、実際の協力へと向かう場合もある。他の流として、世の中には裏切って得をしようなどとは考えず、自分のほうは必ず協力する、という人も存在することが考えられる。ここでは、当事者にそれほど品格高潔ではないとしてみよう。
繰り返す回数は決まっているゲームで自己に忠実に行動すると、最初からいきなり裏切りに出るということになる。しかし、これでは素性が知れてしまうので、少なくともしばらくの間は、自分の本性を隠すために、上品に行動することが好まれる。なぜかというと、上品に行動することで、相手側はこちらのことを、世の中に少数存在する品格高潔な人々の一人と思ってくれるかもしれないからである。
しばらくの間は、協力することで利益を得られるし、相手方も、協力には協力でお返ししなくてはと考える可能性がある。そうしてくれれば、こちらは助かる。こうしてお互いに思惑をもちながら行動し、ゲームの終わり近くの裏切るチャンスをうかがうのである。しかし、最初の段階では、確かに、協力体制は成立している。両方の側で相手を利用しようと計画し、見せかけの行動から協力が生じるのである。
さらに、協力関係が成り立つ理由を考えると、裏切りによる利益と裏切り後の不利益が時間差を持って発生することが挙げられる。一般に、裏切れば、その時点で利益が先に手に入るので、協力でいくか、裏切りでいくかは、現在利益と将来利益のどちらが相対的に需要であるかによって決まる。ビジネスの世界では、現在の利益と将来の利益は適当な割引率を使って比べられるだろう。
一方、政治の世界では、現在価値と将来価値の判断はもっと主観的である。しかし、一般的に、次の選挙より先の将来を比較の対象に入れることはまずないであろう。これは、とりも直さず協力を達成することが難しいことを意味している。ビジネスの世界でも、景気が悪く、業績が悪化し、もう明日がないと思えば、今日の利益を求める力が強烈に働くであろう。同様にイランとイラクには戦争という事態により直近の利益の必要性が高まり、OPECは統一的な行動を維持するのが難しくなったといえよう。