スクリーニングと逆選択{その5 逆選択とデータ解釈}

 

このような逆選択から逃れることは必ずしもやさしくない。したがって、観察されるシグナルややデータは、その背後に逆選択の効果があるという理解をもって解釈されねばならない。逆にそのようにシグナルを解釈してやれば、仮に逆選択の効果でゆがんでいるとしても、データから有用な情報が得られる。読者アンケートの例でいうと、労をとって返信するのは、本に感動してしまって何か書かざるを得なかった人か、あるいは時間に余裕があるために葉書を書いて出版社や著者とコミュニケーションをとる喜びが十分なインセンティブになる人々であることを考慮に入れる必要がある。

仕事を引退した人からの返信が多数だったからといって、その本の主要な読者がそのタイプの人々であるわけではない。読者アンケートは読者の年齢層の調査にはあまり役立たないということを理解した上で利用されればよいのだ。一般に、アンケート調査や街角で収集した人々の意見をデータとして解釈するためには、逆選択の効果を考慮することが欠かせない。新聞やテレビで声高に意見を述べる人がいると、あたかもその人の意見が重要で、かつ国民の多数派を代表する意見であるかの如き印象を受ける。

街角で「無作為に100人に聞いた」結果、一般的な人々の意見であると解釈されがちだ。しかし、逆選択の効果を考えればこのような考え方には問題が多い。そもそも、本当の意味で無作為に人を選んで意見を言わせるのは困難である。たいていの人にとっては、アンケートに答えるための時間や、普段あまり考えていなかったことに対する意見を整理する労力は、選ばれないように努力する、あるいは選ばれても当たり障りのない意見を述べることのインセンティブとして働く。したがって、意見を言う人が選ばれた時点で、そのひとは対象となっている問題に独特の意見を持っていたり、ある特定の行動をとるタイプの人である可能性があるから、選び方は無作為ではないのである。

読者アンケートの例では、葉書の配り方は確かに無作為であるが、葉書の返信のされ方は無作為ではない。仮に無作為に選ぶことができたとしても、問題は多い。火曜日の日中に渋谷を歩いている人を無作為に選んでも、選ばれた人は代表的なサラリーマンとはいえないし、土曜日の深夜に道頓堀戎橋付近で無作為に選ばれた人も、有権者の代表的サンプルとはいえ言い難い。アンケート調査の結果から情報を正確に読み取るためには、そのアンケートがどのような方法でとられたかという情報が不可欠である。

例えば、ある人の視線がとても気になる。いつでも見られているようで、頻繁に目が合うようだ。ひょっとしてこれは相手からのシグナルであろうか。もちろん、恋愛に発展するシグナルである可能性もあるが、その人が気になって自分が頻繁に見ている結果かもしれない。客観的だと自分で思っていても、自分が見ることや聞くものの選択には、すでに自分の興味が反映されてしまっていることに注意すべきである。山一證券と拓銀の破綻後に金融収縮が起こり、中小企業に対するいわゆる貸し渋りが問題になった。対策として、政府は直接間接に中小企業への債務保証を行った。すなわち、政府が返済を保証するから金を貸せ、というわけである。

ところが、そのような債務保証を受けた企業の中には結局破綻したものが数多く、保証した政府、すなわち納税者が返済の義務を負うことになった。そのような債務保証のカンフル剤の経済学的意義と政府の責任は、これからも細かく検証されなければならない。しかし、データの上で債務保証を受けた企業ほど倒産する確率が高くなるのは、逆選択を考えると当然の結果である。破綻するような企業ほど資金調達に行き詰まり、政府の債務保証を必要としたはずだからだ。

「私はこれで成功した」というタイプのハウ・ツーものの本や宣伝が巷にあふれている。医者に見放された病気が見る見るうちに快復した、あっという間に20㎏の減量に成功した、株で365日勝ち続け1年で1億円稼いだ、などという話はにわかには信じられない。誰しもまず考えるのは、それらの成功体験が本当に事実であるのかということであろう。これらのシグナルを発生させるコストははっきりしないから、まず疑ってかかるのが定石である。

さて、もしそれらの体験が事実であったとしても、逆選択の効果を考慮に入れて再考しなければならない。同じ方法を試して、病気が回復しなかったり、減量に失敗したり、株で損をしたりした人は、それを体験として公にすることはまずない。しかも、成功は偶然にも起こりうる。コインを10回投げて表が連続してでる確率はおよそ0.1%であるから、これを成功させるのは至難な業である。しかし、0.1%くらいであれば、100人も試せば全く偶然でも1人の成功者が出現することに注意しよう。その成功は自分のコインの投げ方がある必勝法にもとづくと主張するかもしれないし、しかも彼が10回連続たで表を出したことは紛れもない事実である。だからといって、その成功体験を鵜呑みにすることはできないのだ。