チキンゲームの職場への応用

 チキンゲームでは、臆病者が負けるという構造になっているが、実際の職場ではどのように展開されているのだろうか。チキンゲームに負けたというよりは、コーディネーション・ゲームによりなんとなく誘導されて、現状に甘んじているという社員は確かに存在し、愚痴を言いながらも態勢を入れ替えようとはしない。
 そうした我慢強い社員がいる一方で、常に上司に対してチキンゲームを挑んで勝利を得ている者もいる。例えば、工場の機械整備に長年携わってきたため、その人がいないと工場が機能しないなどという場合、本人もそのことを熟知しており、工場長に給料の前借りなど難題をもちかけ、何時もゲームに勝利することになる。
 この場合、工場長が臆病者と言うことになるが、彼は自分を臆病者と自覚していないこともある。つまり、自分は会社の利益を守るために敢えて負けを選んだのであり、勇気ある行動と思い込んでいる節がある。しかし、実態をよく観察してみると、機械の管理を特定の人に丸投げしてしまい、その不満が逆襲となって顕在化したのである。
 チキンゲームに負ける構造を自らつくってしまったという反省がないまま、連敗を余儀なくされていることを正当化している管理者は意外に多い。この例では、工場長は社長から管理能力の欠如を問われ解任されてしまったが、それでも自分が臆病者であったことにまだ気づいていない。ゲームの構造を読めない典型的な例である。
 チキンゲームに勝つ人は、チキンゲームに負けない人である。つまり、このゲームは、自分から積極的に勝ちにいくのではなく、相手が負けることをよく知っている人が結果的に勝つのである。時には、強烈な脅しが功を奏することもあり得るが、よく考えてみると、脅すこと自体が自分の不利な状況を相手に悟らせるシグナルとなってしまう。
 ゲームである以上、勝敗は時の運という一面は確かにある。しかし、脅しなどにより相手を威圧するより、お互いに失うものの大きさが脳裏に浮かぶようにメッセージを送り続けることで、引き分けに持ち込むことの合理性を説くことの方がはるかに大事である。臆病者が失うものがなくなった時、必ず逆襲に転ずる秘策を練り始める。