コンピテンシーを高める土壌と学習方法?その1

 かなり前にある講演会で聞いた話だが、「人は生涯に、自分が潜在的にもっている能力を十分に開発できるのは、ほんの一握りで、後は埋もれたまま一生を終える」。この説に従えば、殆どの人が潜在的に能力を持っているとも言えるわけで、開発次第では、ここで取り上げているコンピテンシーも高められる可能性が高い。
 この講演会の講師はこうも言っていた。「自らの力で能力を開発できる人(場合)もあれば、他の人に引き出してもらうこともある」。しかし、自分がどのタイプであるかは判別がつかないので、ある条件が揃ったときにパフォーマンスを発揮すると考えればよいのか、それとも、そのチャンスを自ら呼び込むのも能力のうちなのであろうか。
 確かに、日本には「大器晩成型」などという言葉もあり、コツコツと努力をすることで、最後に成功するというサクセスストーリーもある。その一方で、誰もが認める能力を持ちながら、不運にも大成することなしにしぼんでしまうことだってある。努力は必ず報いられると思うべきか、運も実力のうちと達観した見方をすべきなのだろうか。
 それはともかく、企業目標の達成のために必要なコンピテンシーは、ある程度は潜在的な能力があることが前提条件となり支えられていることは確かであり、これにほどよいタイミングで刺激を与え、それが本人のいわゆるやる気に繋がったときに、知識と能力が相乗的に作用し、目指すべき成果となって現れるのではないか。
 ただし、そうした環境や刺激も数値的に質量で測定されるものではなく、本人の興味や人生観・価値観によって受け止め方も異なるので、どのような条件が整えばコンピテンシーが高まるという一般的な方程式で表現することはできない。例えば、家族や上司、友人などの逆境を跳ね返すという使命感だけが支えである場合だってある。
 火事場のばか力なども、元々ない力は発揮できるはずがない。それが発揮できたということは、少なくともそれまで埋もれていた力が、ある条件(刺激)のもとで心理的な安全装置を取り外したに過ぎない。コンピテンシーを高めるためには、本人の心理的安全装置(そこまではやりたくないという抑止力)を取りはずことである。