ナッジ3 商品やサービスをデザインする-心がけ

あなた自身が、商品やサービスの企画やデザインに携わるときの、心がけについてもまとめてみよう。ユーザーだけでなく、提供側であるビジネスに関わる全ての人も、何かしら思考のバイアスを持ちながら日々の仕事に取り組んでいるし、ちょっとした出来事がきっかけで考えや行動を改めることもある。自分を客観視してみたり、ユーザーになりきって没頭してみることで、利便性や効率性を超えたクリエイティブなアイデアを探してみよう。そして、ユーザーとビジネスの間の溝を埋める提案をすることに、挑戦してみよう。 

デザイン1.客観視してみる

 商品やサービスを考えるあなた自身が、思考のバイアスやクセに陥っている場合もある。自分の考えのみに固執せず、素人の率直な視点でユーザーが欲していることや、気になることを感じ取ってみよう。 

デザイン2.ユーザーになりきる

 ユーザーの気持ちや行動を理解するには、自身がユーザーになりきって商品やサービスを体感するのが最も手っ取り早い方法である。ときには利用者として没頭してみると、理屈ではない好き嫌いの感情に気付くはずである。 

デザイン3.あえて自分を追い込む

 自由に考えることは意外と難しいものだ。優れたアイデアは、時間や予算や条件などの制約から生まれる場合も多々ある。制約を自分に課すことによって、むしろ解決策に気付くきっかけになるかもしれない。制約はクリエイティブの源泉だと考えてみよう。 

デザイン4.クリエイティブを信じて進める

 これまでにないアイデアを人に理解してもらうのは、簡単なことではない。不安にもなる。そんな状況でも、周囲の目に惑わされず、少しずつ賛同者を増やしていけば、いつか理解が得られるだろう。 

デザイン5.情けの心を持つ

 一方で、ビジネスは1人ではできるものではない。相手の立場や心情を理解して、時には結果よりもチームワークを優先する意識を忘れないようにしよう。エンドユーザーだけではなく、ビジネスパートナーもユーザーの1人だと考えると、相手のことを思いやった計画や施策が考えられるはずである。

事業計画や商品戦略を考えるときにも、ナッジの考え方は活用できる。利便性や効率性ばかりを意識すると、決められた枠の中で考えるようになってしまい、スペック以外での違いを打ち出す発想がなくなってしまう。そんな時は一度、商品やサービス使うユーザーの気持ちにフォーカスしてみよう。ユーザーが潜在的に望んですることや、魅力を感じて行動につなげるきっかけに着目することで、ユニークなビジネス戦略を思いついたり、つい使ってみたくなるような行動を変えるきっかけとなる施策が見つかるかもしれない。

 デザイン1.接点を増やす

 デジタルサービスが普及して以降、直接的な売り上げよりも、まずユーザー数を増やすことの重要性が増している。一方で、日々誕生するさまざまなサービスの中で、ユーザーの興味を引くことは簡単ではない。似た人とつながりコミュニケーションを活性化させたり、返報し合う関係性をつくったりなど、ユーザーと接点を途切れさせない仕組みを考えよう。 

デザイン2.みんなを巻き込む

 ユーザーの群衆特性を活かしてみよう。他の人と一緒だったら安心できる。みんなが関わるなら協力したくなる。といった心理を利用してユーザー同士をつなぎ、関心や安心感を相互作用で高めることができる。一方で、ユーザーの行動は完全にコントロールできないので、ある程度の例外の許容や、流れに身をまかせる姿勢も必要である。 

デザイン3.囲い込む

 ファン心理を醸成させよう。ミュージシャンやスポーツ選手を一度好きになってくれると、好きが連鎖してコミュニティの参加者が増えたり、ユーザーが自発的に応援してくれるようになる。ファン心理にはブランドの取り組みも欠かせないが、見栄を整えるよりも、距離を縮めて関わりたくなるようなユーザーの内発的な動機に着目しよう。 

デザイン4.努力に意識を向けさせる

 ユーザーの動機が内発的なものになると、愛着を持って接してくれるようになる。楽しいことや結果が嬉しいことであれば、ユーザーはそのための努力を惜しまず、自主的にやってくれる場合さえある。 

デザイン5.差別化する

 独自性を際立たせて競合との違いを出すことはビジネス戦略の基本である。利便性や効率性だけではなく、感情的な価値にも目を向けてみよう。商品やサービスが合理化という側面だけで成熟しつつあるようだったら、市場の固定概念を壊せるチャンスが隠れているかもしれない。 

デザイン6.少数派を救う

 多数派ではないユーザーが集まる場にも、市場として多くの可能性がある。少数であることを不安に感じさせず大事に扱うことで、ユーザーとの強いつながりをつくることができれば、競合に追従されない、その分野で根強い人気を獲得できることにもつながる。 

デザイン7.ストーリーで伝える

 効率性や利便性を超えた価値は、数量などの客観的データでは伝わらない。大事なキーワードは「共感」である。ユーザーの心に響かせるためには、実現したときの状態が想像できるストーリーで、商品やサービスの文脈を理解してもらうといった、人間味のあるメッセージの打ち出し方が欠かせない。 

デザイン8.ルールを変える

 優位な立場になるためには、ゲームチェンジャーになるというアプローチがある。ルールを理解した上で、ルールを変える方法を探してみよう。業界が長く保守的で閉鎖的であれば、ユーザーも業界のルールが変わることを望んでいる可能性がある。常識に捉われず、変えることでユーザーに受け入れられることと、逆に変えてはいけないことを見極めよう。

スーパー、レストラン、病院、銀行、公共施設など、特定の場所で提供する商品やサービスなどは、人を介して接点をつくる機会がたくさんある。具体的には、建物や空間などを活かした場づくり、お客様と店員のやりとり、滞在している間の時間の活用などがある。商品陳列のエキスパートや接客のプロなど優れた人のノウハウには、行動経済学やナッジの観点から多くの学びがある。もしあなたが区画やデザインに関わっているなら、現場に精通している専門家に教えを受けたり、現場を訪れて人のやりとりをじっくり観察してみよう。利便性や効率性だけでは説明できなし、行動を変えられるヒントが見つかるばずだ。 

デザイン1.特定する

 店舗や公共施設など多くの人が行き交う場所では、ユーザーは匿名性が強くなる。なので、みんなに対して声をかけるのではなく、1人の相手に声をけるようにしてみよう。そうするとユーザーとの心理的距離を、より近づけることができる。 

デザイン2.手にとって体感してもらう

 洋服や家電など、実際に触れられる商品があるならば、無意識に手にとってもらえるよう、商品の置き方を意識してみよう。欲しいかどうかとは別に、一度手に触れたらユーザーと商品の心理的距離は近づく。試食や試着などユーザーに近づいてもらう行為は、購入の大きなきっかけになる。 

デザイン3.褒めてつなげる

 店員が話しかけるとき、多くのユーザーは警戒心を持っている。安心感を醸成させるには、笑顔で相手を受け入れる姿勢や感謝の気持ちを伝えることである。ユーザーは褒められると、つい気を許して相手の要求を受け入れてもらいやすくなる。逆にかたくななときは無理におすすめしないで、気持ちが収まるまで待ってあげた方が得策である。 

デザイン4.希少に見せる

 残り僅かな商品、タイムセール、1ヶ月待った、などの希少要素は、購入や利用の意欲を高めてくれる。実店舗であれば、現地を訪れるユーザーとの関係を一期一会と捉えて「わざわざ来たかいがあった」と思ってもらえるように価値を伝えてみよう。 

デザイン5.時間を活用する

 店舗などの施設では、時間の使い方も大きく影響する。お店に入る前に条件を伝えることで、買い物誘導ができたり、時間をかけてもらうことで、元を取りたい心理にはたらきかけることができる。あるいは途中でつらい体験があったとしても、最後はハッピーエンドになるご褒美を与えることで、また訪れようという気持ちにさせるなど、いろいろ工夫が考えられる。 

デザイン6.納得してもらう

 じっくりユーザーに納得してもらうことも、ときには必要だ。理屈ではそうかもしれないけど心情的には決めきれない、という状況は誰しも経験があるかと思う。そこに話し合いの機会を設けたり、詰め寄らずにじっくり考えてもらうことで、決断と行動の気持ちを一致させることができる。気持ちと行動が不一致のままにすると不満につながり、ユーザーとのよりよい関係性は築けない。

ほとんどの人がPCやスマートフォンを持つようになった今、画面の操作にも、ユーザーの気持ちにもはたらきかけられる機会は多くなっている。画面操作は、情報の表示だけではなく、操作と反応などインタラクションの機能も兼ね備えている。これを機械とのやりとりではなく、人と人との関係に置き換えて、画面操作は2人の人間のやりとりを仲介している状態と考えてみよう。ユーザーは実利的な目的を達成するためであっても、操作しているときは何かしらの感情が伴っている。画面操作のデザインについては、ゲームやエンターテイメントなどの分野から多くのことを学べる。 

デザイン1.進みやすくする

 入会したときやログインしたときに、はじめにポイントがもらえるとやる気が高まる。選択肢があっても最初に標準的な項目が選ばれたり、おすすめが提示されてる方が、迷わずに先に進めることができる。ゲームで遊ぶときも、最初は比較的クリアができてレベルが上がる方が、楽しくなってどんどん進めたくなる。 

デザイン2.設定をなるべくなくす

 ユーザーは基本的に面倒くさがりだ。できるだけ設定が少なく、簡単にできる方が喜ばれる。ユーザーを迷わせるような選択肢は、なるべく最小限にして、考えたり悩まずに、気軽に行動や操作ができるよう敷居を下げてみよう。 

デザイン3.小出しにする

 1個の操作を、なるべく短く、簡単に、すぐ結果が得られるようにすると、ユーザーは先が気になって、次の操作を負担だと感じなくなる。ただし、やみくもに小出しすると、途中でやめられなくなったり、依存の状況をつくり出すことになりかねないので、程よくハマる仕掛けを意識しよう。 

デザイン4.気持ちを切り替えさせる

 今まで違った行動をうながすには、何かが変わったことを伝える必要がある。必要に応じて画面上にこれまでとは全く違った表示を出したり、途中で区切ることで没頭している状況から切り離すことができる。 

デザイン5.つなげる

 オンラインの環境では、リアルではできない場を超えた接点づくりができる。マッチングやライブ配信などでつながる機会を提供すると、ユーザーが積極的に関与できるようになる。そして一度つながったら、他の人との拘り、居心地のよさを感じられるよう反応やフィードバックを提供して、サービスを使用してもらう継続性を高めよう。 

デザイン6.人がいる感じを出す

 オンライン環境では、画面から相手の姿を想像することが難しいので、ユーザーは対面であれば普段行わない無作法なふるまいをやってしまうことがある。そこで、操作画面に無機質な要素を減らして、代わりに親しみのある語りかけや、インタラクティブなやりとりを加えてみよう。

ナッジ3 商品やサービスをデザインする-モノ

実際に手に取ることのできる商品は、ユーザーにいろいろな感情を引き起こす機能を備えている。単にカッコいい、使いやすい、という直接的な魅力だけではなく、親しみや愛着を感じたり、使い続けることで馴染んでいく、といったことにも着目してみよう。デジタルサービスは多くの接点を持てる一方で、強い結び付きをつくることは苦手だ。対してモノは、ユーザーと物理的な濃い接点を持つことができる強みがある。人とモノの関係性を感情論の視点で考えてみると、デザインで何を重視するべきか、新しい発見が得られるかもしれない。 

デザイン1.馴染ませる

 独自性の強い商品やサービスに抵抗を感じるユーザーは少なくないが、一部に即視感の要素があると親しみを持って受け入れてくれるようになる。何かこれまでのものと同じような使い方であったり、昔を思いだつせてくれるものがあったり、古典的なテーマで安心して取り組めるものなどである。ユーザーが思いを入れ込めるように、少し隙間があるくらいの方がちょうどよいかもしれない。 

デザイン2.身体感覚を用いる

 デジタルが普及しても、モノが自分の身体や感覚にフィットするかは、ユーザーにとって代わらない関心ごとである。車の運転、スポーツ道具、PCのマウス操作など、自分の使い方にあっているほど愛着が高まる。そして、使い続けると、習熟度が上がってその分野を極める世界観にもつながり、ユーザーはそのモノを使うときの手間でさえ嬉しく感じることもあり得る。 

デザイン3.ラインナップを強調する

 一貫したポリシーを持っている商品や、複数並べることで魅力を高める商品は、同じブランドで集めて揃えたくなるものである。まず商品に独自性があることを際立たせて、1つの商品群の中で、共通点とバラエティの要素を両立させることが、ユーザーを囲い込むカギとなる。 

デザイン4.程よい距離感をつくる

 ユーザーとモノの関係は、距離感が強く影響する。友達のように近くにいると感じさせたり、反対に存在を意識させないように遠くにいて周囲に溶け込んでいる方がいい場合もある。例えば、手に取るようなものは、やわらかさや愛らしさなど生き物に近い要素が求められるが、エアコンなど直接触れ合わないものは、無機的である方が適している。 

デザイン5.スペックにはない効能を伝える

 利便性や効率性ばかりに目が向くと、価格や性能などのスペック競争になりがちだ。ですが世の中でヒットする商品の多くは、冒頭で紹介したAppleSTARBACKSのように、スペックには表れない魅力があふれている。情緒的な共感や好きになってもらうための要素を、商品の外観や機能や操作性などにも取り入れてみよう。

ビジュアル表現は、紙媒体だけでなく、テレビやスマホの画面など多くの場面でユーザーが目にする伝達手段である。ビジュアルのよい点は、テキストを読まなくとも瞬時に伝わるので、すぐ行動につなげやすいことが挙げられる。一方で、印象や解釈はそれぞれ異なるので、意図通りに伝えることが難しくもあり、時に誤解を招くことにもつながりかねないので慎重に検討しよう。ここでは、キレイな見た目の表現の探求よりも、ユーザーの印象に残るための表現に着目してデザインでどのような工夫ができるかを考えてみる。 

デザイン1.人を用いる

 ポスターやCMに人が出ているとユーザーは相手のことを意識して、つい着目してしまう。人物はユーザーを惹きつける強い力を持つが、人にばかり目がいって商品やサービスの印象が弱くなることも覚えておこう。

デザイン2.キャラクターを用いる

 キャラクターもまた、ユーザーに強く意識してもらえる表現方法である。やみくもに用いるのではなく、特にユーザーが難しさや心理的な距離を感じてしまう領域に対して親しみを持てるデザインを提供しよう。 

デザイン3.ステータスを示す

 クレジットカードは、カードの色や見栄を変えるので、ゴールドやプラチナなどクラスの違いを表現している。ビジュアル表現の工夫で特別感やステータスを演出することは、ユーザーの心理的満足感にもつながる。 

デザイン4.順番に並べる

 レイアウトの違いでも印象を大きく変えることができる。例えば、横書きで構成したデザインであれば、多くのユーザーは左から右に、上から下に目が動く。特に最初や最後の情報は強く印象に残す効果がある。 

デザイン5.ガラッと変える

 同時に行動をうながしたいときは、テキストよりもビジュアル表現の方が強力にはたらく。警告するときや状況が大きく変わったことを示すときは、従来の印象を180度変えるビジュアルにすると、気持ちが切り替えられる。

 最後にデザインの観点から、商品やサービスに行動経済学を適用することを考えてみる。デザインの専門領域は多岐にわたるが、行動経済学はその領域をまたいで、バイアスやナッジの仕組みを適用することが可能である。最も関与しやすいテキストの表現から、ビジュアルやモノや空間など、さらにはビジネスを検討するときの戦略や心がけまでを、デザインの方法として紹介する。

 テキストは、最も簡単にユーザーに伝える方法の1つであるが、コピーライター、シナリオライターなど、言葉を操る専門家が活躍する領域でもある。プロが手掛けた事例を参考にしながら、伝え方に工夫を加えてみる。最近では、デジタル文化が加速したことで、テキストを読むことへの抵抗も少なくなっている。音声メディアや音声操作も、テキストの使い方の発展系の1つといえるだろう。強く印象に残る言葉を伝えるためには、正しさよりも、記憶に残り気持ちをはたらきかける「粘着性」を意識しよう。 

デザイン1.語りかける

 不特定多数に伝えるよりも、目の前の「あなた」に語りかける言葉づかいをすると、ユーザーはより自分ごと化できるようになる。無機質な言葉をより親密に接する表現に変えて、仲間意識を感じさせるテキストであれば、ユーザーが行動を変えるきっかけを生み出しやすくなる。 

デザイン2.数字を使う

 数字は客観的な情報であるが、伝え方によってはユーザーの主観的な印象を大きく変えることができる。同じような数字でも相対的に見せることで、ポジティブにもネガティブにも見せられるし、数字で損得の気持ちを加速させることもできる。また数字は、文章を読まなくてもパッと見て判断ができるという長所もある。 

デザイン3.端的に打ち出す

 世の中には、多くのすぐれたキャチコピーがある。専門家ではない人が安易に手を出すべきではないが、キャチコピーはビジネスの多くのシーンで活用される。例えば企画書を提案するときに、長々と伝えるよりも、一言で印象に残る言葉を使うことで、受け手の関心を高めることができる。使い方に一工夫加えてみよう。 

デザイン4.クオート(引用)に頼る

 匿名のメッセージではなく、広く知られている人物のメッセージを用いると、説得力は大きくかわる。後世に引き継がれている名言や有名な人が述べた発言は、商品やサービスの価値を高めることができる。ただし、多用しすぎると逆効果なので、ここぞというときに用いてみよう。 

デザイン5.名前をつける

 言葉によって、商品やサービスあるいはユーザー層のカテゴリをつくることができる。例えば「アメカジ」という言葉を多くの人に定着させられると、ファッションやライフスタイルなど、関連する商品やサービスをユーザーに強く呼びかけることができる。定着させるには、印象に残りやすく想起しやすい言葉選びが欠かせない。 

デザイン6.言葉で装飾する

 同じ内容であっても、伝え方によってポジティブにもネガティブにも感じられる工夫ができる。なぜそれがよいかを説明して納得性を高めたり、数字と合わせて魅力的に伝えるなどの方法によって、言葉で装飾すると、ユーザーへの印象を変えることができる。 

デザイン7.「?」と思わせる

 淡々と説明されるよりも、ドキッとさせられたり疑問を投げかけられる方が、ユーザーは興味を持ってくれる。特に最初にインパクトのある投げかけができると、ユーザーをその後議論の土俵に乗せることができる。テキストに抑揚をつけてみよう。

金銭だけではなく、社会性などの条件もインセンティブになる。インセンティブによって、相手の本音を明らかにすることもできる。必ず抜け道を探そうとする人がでてくる。 

《仕組みの特徴》

 ナッジは、無意識に行動をうながすことが理想だが、ユーザーが自分の意思で選んで行動してもらう場合には、インセンティブ(報酬)の設計が欠かせない。熟考させる選択肢はなく「だったらこれを選ぼう」と、自然にユーザーに仕向ける方法をここでは取り上げる。インセンティブは、直接的で表裏のない意思(表明選好)にはたらきかけるものであれば、口ではいわなかったり、自分でも自覚がない無意識である意思(顕示選好)にはたらきかけるものもある。金銭が欲しいときの意思表明はわかりやすいが、承認欲求などは見えにくい意思である。インセンティブの動機は大きく4つに分かれる。例えば省エネでインセンティブを提示すると、次のように表現が変わる。 

・金銭的:お得になりますよ。

・道徳的:環境保護につながりますよ。

・社会的:やると褒められますよ。

・群集心理的;みんなやっていますよ。 

 ビジネスでは金銭で解決する案が多くみられる。実社会では、他3つの方が強力な場合もある。社会心理学で有名な「影響力の武器」の著者であるロバート・チャルディー二は、

電力消費の節約に対して、インセンティブの言葉を変えて人々の反応を測定した。結果、一番効果があったのは「この近所の皆さんと省エネを進めましょう」ということばだった。「ご近所」という言葉が集団に加われると安心して、反対に加われないと不安になる、という心理にはたらきかけている。

 インセンティブとは逆に罰を用いるときにも、4つの報酬はそれぞれ人の心理や行動に影響する。ある保育園は、両親のお迎えが遅れる状況に罰金仕組みを取り入れた。両親はそれまでは遅刻に対してもう訳ないと思っていたが、罰金によって「お金を払えばいいんだ」と考えるようになった。その結果、遅刻する人がさらに増えてしまった。金銭と他の3つのインセンティブの違いがよく現れている例である。

 寄付のような利他的好意でも、インセンティブは効果がある。スマイル・トレインという口唇裂手術をサポートする団体は、寄付者の善意に頼るだけでなく、「今すぐ寄付してくれれば、2度と寄付は求めません」という案内を出した。これによって、寄付の割合を増やすことに成功した。続けたい人は継続して寄付してくれて、これっきりの人も今回限りとして高い割合で寄付をしてくれた。

 インセンティブは、相手の本音を引き出すことにも使える。アメリカの靴の通販会社として知られているザッポスは、社員が最初の研修を終えた時点で、給料1ヶ月分をもらって辞めるか、もらわずに仕事を続けるか、自身で選べる制度を取り入れた。これは、金銭的インセンティブと社会的インセンティブを、天秤にかけたテストである。ザッポスは社内文化を重視している会社なので、短期的な利益が強い動機になる人は望んでいない。この選択はどちらであっても、本人にも会社にも望ましい結果となる。

 一方インセンティブには、注意点もある。それは、抜け道を見つけようとする人が必ず出てくることである。「コブラ効果」という植民地時代のインドでの例がある。コブラを捕まえたら賞金を出すルールをつくったところ、賞金目当てでコブラを育成する人が出てきた。よりコブラが増える結果となってしまった。仕組みの穴をつかれ裏目に出た事例は、行政の政策や環境問題などでよく見られる。ユーザーを過信せず、注意深く設計しよう。 

《効果的な理由》 

理由1.機会損失

 でフォルトと同様に、ユーザーは提示された条件に対して、損をしないことを強く意識する傾向があるので、交換条件が有利だと感じたり、リスクが少ないと感じられれば、インセンティブは機能する。ここにはプロスペクト理論や希少性が関係する。さらに、ここに時間軸が加わると、今交換しなければ損になるという、現在バイアスも影響する。 

理由2.群衆心理

 ハーディング効果やバンドワゴン効果に代表されるように、周りがやっているという条件が選択にも影響を与える。ユーザーは、集団に所属できることによって有利になる、社会的インセンティブや群集心理インセンティブを意識する。例えば、行列に並んでいれば希少な機会を得ることができると考えたり、多数派に属していれば自分だけが目立つことがないという安心感が得られるなどである。 

理由3.自己弁護

 習慣や意識を変えることは難しく、周囲がアドバイスしてもなかなか聞く耳を持ってくれないものだ。そんなとき、インセンティブの交換条件が提示されると、自分の気持ちを一度突き放して、冷静に行動を見直すきっかけになる。真夜中のラブレターで紹介した例のように、ユーザー自身が言い訳できる感情軸とは別の選択肢の提供が効果的である。 

理由4.等価交換

 インセンティブは交換条件で成り立っているので、対等な関係でなければならない。ユーザーが権威や返報性などを感じ取り、相手に操られていると感じてしまうと、反発したくなる心理的リアクタンスがはたらく。また、インセンティブが金銭の場合、ユーザーは実利的なこと以外に関心を持ちなくなるので、アンダーマイニング効果の外発的な動機だけでなく、内発性にはたらきかけことも意識しよう。

楽しい仕掛けがあると、ユーザーはやってしまいたくなる。長所はアイデア次第で少額の投資でも大きな効果が期待できる。場所は飽きやすいので長続きしにくい。 

《仕組みの特徴》

 「仕掛け」は、ユーザーがついやってしまいたくなるよう、ひと工夫を組み込んで行動をうながす方法である。自社が取り扱う商品やサービスに不満や課題が見つかると、マイナスをゼロにすることに意識が向けられがちだが、仕掛けを用いて解決策をユニークに考えると、マイナスをプラスに反転できる。代表例は男性用トイレのハエである。つい当てたくなってしまうというユーザーの心理を利用している。仕掛けの事例は、デフォルト設定に比べて、選択肢がよりユーザー側にあって楽しくなってしまうものが多くみられる。他にもこのような例がある。 

・穴のカタチで捨てるものの種類がわかるゴミ箱

・ピアノに見立てた階段(階段を上がると音が鳴る)

・順番通りに並べたくなる本の背表紙(マンガでよく見られる)

・三角のトイレットペーパー(ガタガタして消費量を抑える)

・不法投棄を抑制する鳥居の設置 

 自然とユーザーにはたらきかけるための方法は、いくつかの研究と実践例がある。プロダクトデザイナーの深沢直人は「WITHOUT THOUGHT」という考えをもとに、自然の行動に即した商品を手掛けている。認知科学者のD.Aノーマンは、適切な行動への知覚可能なサインを意味する「シグニファイア」という概念を提唱している。そして、人口知能の研究者である村松真宏の、つい選びたくなる理由を具体化した」仕掛学」がある。

 3つには、それぞれ異なる特徴もあるが、ここでは「ついやってしまいたくなる」という共通点に着目している。仕掛けで行動をうながすには、アイデアの工夫を具体的なカタチによって変わる。エレベーターの開閉ボタン、減速を意識させる道路の斜線なども同様である。ユーザーにあまり考えさせずに、瞬発的に反応して使ってもらい行動につなげられるアイデアを考えてみよう。

 仕掛けの長所は、先端技術を使わなくても、少額投資で大きな効果が得られる可能性があることである。トイレのハエはシール1枚で済むので、素材開発や掃除代よりも安上がりできれいに使ってもらえる。この長所を活かせるかどうかもアイデア次第だ。一方短所は、いずれ飽きてしまうことだ。どんな面白いものでも、行動を繰り返すうちに魅力を感じなくなる。

 利便性や効率性などスペックの観点で、問題解決を考えようとすると、「つい選びたくなる」というアイデアはなかなか生まれない。仕掛けの理論をまとめた松村真宏の書籍「仕掛学」では、アイデアを考えるときは、事例や類似性を転用することや、子供やユーザーの行動を観察することなどをすすめている。特に子供は、面白いと感じれば飛びついて反応する。穴があったら覗きたいし、ねじがあったら回したくなるもの。頭でっかちに考えこまずに、素直な気持ちを大事にしよう。 

《効果的な理由》 

理由1.娯楽性

 まず何よりも、ユーザーが楽しんで使ってもらえる、という点が仕掛けの特徴である。男性用のトイレのハエも、穴の形に合せたゴミ箱も、積極的に行動したくなるアイデアである。ここは、ゲーミフィケーションの考え方はもちろん、自分で手を加えたくなるDIY効果、相手の存在があると競いたくなるピア効果などが関係する。内発性の動機が大事なので、アンダーマイニング効果に陥らないよう、商品やサービスに報酬の要素を組み入れるときは要注意である。 

理由2.没頭性

 よく考えられた仕掛けは、操作ミスや期待ハズレが少なくなり、ストレスも感じない。さらに、ユーザーが意識せずに使ってくれれば、操作が手間だとも思わない。ポイントは、いつの間にか夢中になって使ってくれることだ。つい触れてみたくなるタッチ効果や、関わるとだんだん楽しくなってくるエンダウドプログレス効果、依存を引き起こさない範囲でのギャンブラーの誤謬などを用いて、ユーザー自身が好きだからやっている、という状態をつくる方法を考えてみよう。 

理由3.倫理意識

 行為をやめる気持ちにさせるときも、仕掛けのテクニックは効果的である。鳥居を置いてゴミなどの不法投棄を抑制するアイデアは、ユーザーの倫理観に訴える代表的な方法だ。ここは、社会規範を意識させる社会的証明や傍観者問題、周囲の目を意識させなれるシミュラクラ現象、自分の行動を正当化させたくなる認知的不協和、既視感があると経験則で判断するようになるヒューリスティックなどが活用できる。

初めから選ばれていると、ユーザーは変えずに選ぶことが多い。デフォルトはユーザーの決断コストを下げる効果がある。初期設定を選ばなくてもよいという選択肢も必ず提供してあげること。 

《仕組みの特徴》

 ナッシュのテクニックで、もっともよく知られている方法が「デフォルト」の設定である。デフォルトは、ゼロから選ぶのではなく、はじめからすでに何かが選ばれている状態にしておくことである。行政の取り組みの例では、臓器提供や個人年金の登録について何も選択しなければ自動で加入することになる、というデフォルト設定をしたところ、加入率が大幅に上がった。対して、加入するなら自分でチェックをつけるという方式では、加入率はかなり低くなった。このように、初期設定をどうするかによって、ユーザーが選択する結果は大きく変化する。デフォルト設定は、他にもいろいろな場面で使われている。 

・新幹線の指定席を選ぶとすでに席が決まっている

・目立つ位置に人気メニューを並べる

・タバコのパッケージに健康の害を伝える

・ネットストアで関連コンテンツが並んでいる

・メルマガ配信にチェックが付いている

  デフォルト設定を用いるうえで、一つ大切なルールがある。それは、選択の自由を保持する、ということである。上にあげた例はいずれも、選択のおすすめはさせているけど、それに従わないという選択もできる。新幹線の席を変更する選択肢もあるし、パッケージに喫煙は悪いと書かれいてもタバコを吸うことはできる。デフォルトで選択されている状況をオプトイン(加入)といい、デフォルトから外れることをオプトアウト(離脱)という。

 このオプトインやオプトアウトを、ユーザーが自由に選択できるようにすることが、デフォルトを設定する上では欠かせない。断りにくい状況をつくったり、退会手続きを複雑にすることなどは、ナッジの考え方に反する。デフォルトの設定に対しては、ユーザーに公平性が担保されていないと反論する人もいる。しかし、そもそも本当の意味で、すべてのユーザーに公平な条件を提示することは不可能である。

 リスト表示であれば、一番初めの項目に注目が集まり、後半の方はあまり注意されない。位置関係や順番、だれが話したか、どんな言葉づかいか、といったあらゆるバイアスに対して、ユーザーは影響を受けてしまう。であればその中で、なるべくユーザーが好ましい選択ができるようにしてあげるべきである。このようにデフォルテは、最も簡単に行動を促すことができるナッジのテクニックである。 

《効果的な理由》 

理由1.暗示と指示

 最初から何かが選ばれていると、ユーザーは「詳しい人がすすめてくれているのだろう」と思ってしまう傾向がある。特に自身が詳しくない分野に対しては、この意識が強くなる。定食屋でおすすめメニューは「お店の人がそういうなら間違いない」と考える。ここには、相手に対する過信が引き起こす権威や、多数派になびくハーディング効果などのバイアスが影響する。ただし、これはユーザーから信頼があることが前提である。疑いがあるとむしろ心理的リアクタンスがはたらいて、ユーザーは提供者側の意図とは逆の行動をとりたくなる。 

理由2.惰性や引き伸ばし

 習慣を変えるのは面倒くさいものだ。使っていないのに解約しないままの状態や、「後でやる」といってそのままにしている人は、少なくないはずだ。人は1日に平均35,000回も意思決定しているらしく、決断する数が多いと疲れてしまう。デフォルト設定は、ユーザーの決断コストを最小にして、負担を感じさせず行動をうながせる、という利点がある。現状を変えたくない正常バイアスや、決めたなら使い切らなければと考えるサンクコストもここに関係する。 

理由3.基準点と損失回避

 あえてデフォルトを外すという選択肢を選ぶと、ユーザーが「今よりも損をするのでは?」という気持ちになる。理由1にもつながることだが、自身が詳しくない状況に対しては、自分の意思を選択すること自体にリスクを感じる。ユーザーは得よりも損の方を強く意識するプロスペクト理論がはたらく。あるいは、自身が何かを選ぶときには選択した責任が伴うので、自信がないときは選択しない方が気楽になる選択のパラドックスも関係する。 

理由4.罪悪感

 ユーザーは、相手の気持ちを感じ取りながら行動する。理由3と同じく、あえてデフォルトを外すという行為は、相手の好意を踏みにじることになる。ここには、お互いさまの関係で成り立っている返報性や、相手を気づかった選択をしてしまう社会的選好や好意も関係する。